自分にとってのP.A.

GANTZ P.A.見てきました。
以下感想なのでたたみます。ご注意を…


見た後は切なさいっぱいすぎてもうだめでした。
玄野のパーフェクトアンサーはこれだったのか…

観覧車の文字が流れる時点で、あぁ、玄野はその道を選んだのかって…
たえちゃんのヒーローで居続けた。
たえちゃんは最後、玄野の存在を覚えてはいないんだけど(わたしはこう解釈しました)
地下鉄っていうGANTZの鍵である場所に立ってみてどこからか涙がこぼれる。

人は、覚えることより、忘れることの方が難しい…

たぶん、わたしは玄野の記憶も消されていると思うのです。
でもそれを超える何かがあの「たえちゃん好き」として出てきたのかなぁと思って。

嵐のためになら何でもしかねないにのさんと、
その玄野の最後の選択がこう、重なる部分もあって。

なんのために戦うのか、ってわたしには全くわからないけれど
考えてみるのならば全て自分の「欲」のために戦うのかなって。
9.11のことも最近いろいろ考えましたが、あの形が良かったのかと問われると
わたしは良かったとは思わない。
いろんな人が犠牲になったのは間違いないし、
どれだけの悲しみを今背負っている人がいるのか、その重さもわたしにはわからない。
「復讐」と言いつつ、それは自分の「憎しみ」が生み出したものであり…

傷つけられたとき、仕返しをするのは簡単だけど、そこには何も生まれない。
でもそれをするのが人間。

最後に加藤がもうやめよう、って言うのは玄野にとって想定内で、
玄野は加藤にとってもヒーローで居続けたんだなと思いました。

ヒーローはかっこいいけれど、やっぱりどこか切ないのです。
それは自分の「欲」を封印するから。

こういうヒーローを生み出さないように、そうなる前に…
みんながヒーローの部分を分け合っていかないといけないんじゃないかな現代は。
この映画はものすごい今への警告としてとることができる。
今だからこそ何かこころに疑問を投げかける映画なのだと思いました。



って…にのさんの演技については…
もう玄野にしか見えませんでしたけどね。えぇ。
わたしはにのさんの目の演技が好きです。
たえちゃんを見つめる目は愛+切なさ+愛しさ+恋+信頼みたいな目で、
戦うときは信念+聡明+力強さみたいな目(ようわかる説明だこと、ごめんなさい)
他に戦う人は憎しみっていう感情があるんだけど、
今回玄野には憎しみっていうのは不思議なことに存在しなかった。
そういう演技できるってもはや演技じゃないっていうか、
いや演技なんだけどやっぱり演技じゃないっていうか、
ああもうにのさんっ!!っていう感じです(爆発)

しかもにのさんのすごいのがあのアクションしながらでも目が前提にあるっていうこと。
電車から一回出てきて、たえちゃんを見つけるんだけど、
そのときは全力で走りながらも愛しい目をしてるんだよな・・・
もうその人にしか思えない。ほんとに思えない。
一体普段どんな大きな力を使って人と接しているんだろうと。


なんかDVD買ってもう一回見たいなって思うのですが、
切なすぎて簡単には見れないなぁ〜と思いました。

こんな映画初めてだ。

とにかくにのさんお疲れ様、ありがとう。


そうそう、池上さんが、もう発達してしまったこれからの日本は、
いろいろ選択の余地を迫られると本で言っていて、
ものすごくこの映画とリンクさせられました。
それぞれのパーフェクトアンサーが求められていくのでしょうか…
そこに対立は生まれないのかな…
生まれるから、いろんな形で警告されるのかな…